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黒字の報告・・行財政特別委員会、同和問題、アスベスト

午前中は行財政特別委員会。60以上の行財政改革(行革)の取り組みの報告がありました。

2011年度(平成23年度)の実質収支は8 億2,796 万5 千円の黒字となりました。前年度の決算も5 億2,214 万5 千円の黒字、2年連続の黒字決算となりました。

一方、この年は学校プールの死亡事故が起こりました。

安全性を無視し、効率性を優先する行革は見直す必要があります。

委員会では委員長(大森)、田畑副委員長以外のすべて委員が質問し、活発な議論が出来ました。

午後からは、同和問題・アスベスト問題の懇談会が続きました。

早朝宣伝・会議・塩付け用地視察・献血

今日は定例の早朝宣伝。今朝も車のフロントガラスが凍っていました。4人で大森和夫議会報告№96を配布しました。かじかんで宣伝する声も震えました。

午前中は地元共産党の会議に参加しました。会議の前には「新家駅のバリアフリー化がんばって」と電話があり、大いに励まされました。

午後から、総務産業常任委員会の土地開発公社の保有地の視察に参加しました。

中央公園用地・旧持家制度用地(同和対策のひとつ)が、事業化されないまま放置され、塩漬け用地になっています。

(中央公園用地)樽井1丁目 10,351㎡  H4、5、6年度取得 海側はトラックなどの駐車場、山側は職員駐車場などのとして利用。19億7千2百万円を銀行から借金して購入(原価)し、原価に対し6億3千5百万円の支払利息が加算され、現在、簿価は26億7百万円。

 

(旧持家制度用地)昭和47年度に土地開発公社の前身の(財)土地開発協会が買い取ってから、放置している。何のために買ったのか?!不公正な同和行政の典型

 あまりにもひどい税金の無駄使いの実態に言葉も出ません。このようなずさんな経営で土地開発公社の借金は66億円、金利だけでも毎年1億2千万万円。

夕方市役所で献血をしました。市職員をはじめ多くの方が順番を待っていました。冬場は血液が足りなくなるそうですが、今日のように多くの市民が参加してくれれば心強いです。

晩はしんぶん赤旗の集金の集計など、面倒な仕事を片付けました。

安全至上主義で・・プール事故を受けて市長答弁

2011年度(平成23年度)決算委員会は向井市長への総括質問を行い、3日間の審議が終了しました。

2011年7月、小学校プールの一般開放中に、児童が死亡する事故が起こりました。

適正なプール監視を行っていなかった民間業者、その民間業者を監督指導できていなかった市の責任が問われています。また、財政難を理由に教育予算を削ってきた市の責任も重大です。

共産党議員からプール事故の反省について問われた市長は、次の趣旨の答弁をしました。

・昨年はプールの一般開放を見送ったが、今年は安全至上主義で、予算も増やし一般開放を行う。

・プールの監視を行う業者の選定は、プロポーザル方式で行う。

・遺族に申し訳ない。2度とこのような事故が起こらないようする。

安全性より効率性を優先させ、教育予算を削減し、プール事故が起こりました。

このような2011年度決算は当然、承認に出来ません。

今日の委員会では共産党以外の会派は決算の承認に賛成しましたが、これではプール事故の教訓は生かされません。

*プロポーザル方式とは入札する業者の提案(安全性など)から業者を選ぶシステム。一般の入札では、安価な金額を提示する業者が優位になるが、プロポーザルだと安全性が優先される。

泉南アスベスト国賠訴訟裁判の傍聴を

泉南アスベスト国賠訴訟は、2006年5月の提訴以来、今年8年目を迎えます。国の責任を初めて認めた1陣地裁判決、国の責任を全面的に否定した1陣高裁判決、そして、7ヶ月後に再び国の責任を認めた2陣地裁判決と、裁判情勢は流動的、かつ予断を許さない状況です。生命健康を犠牲にしても産業発展をめざす国と、法的正義の実現をめざす国民との激しいせめぎ合いが続いています。

今年は、夏か秋に、2陣高裁の判決が出る見込みです。まずは、この2陣高裁で確実に勝利し、最高裁で何としても勝利したいと考えています。

明日、今年初めての2陣高裁(第3回期日)が開かれます。今回は、原告3名(本人尋問)が苦しい病状、日常を語ります。

泉南からも、バスを出して裁判に行きます。

正午から裁判所前昼宣伝、午後2時~3時すぎ2陣高裁・第3回期日(大阪地裁202号大法廷)原告本人尋問(3名)、傍聴後、報告集会(北浜ビジネス会館)を行います。

 

オスプレイ断固反対・・東京集会 泉南の議員の対応は?

 昨日、新聞各紙が報道するように “オール沖縄”の思いを安倍首相に直訴する「NO OSPREY(ノー オスプレイ) 東京集会」が27日、東京都内で開かれました。会場の日比谷野外音楽堂には全国から4000人が集まりました。

勢ぞろいした沖縄県41すべての市町村長や市町村議会議長(代理を含む)、県議の代表が口々に「沖縄の怒りは頂点に達している」「平成の沖縄一揆だ」と気迫の訴えを行ったそうです。

本土復帰41年の沖縄で「米軍はいまだ占領地であるかのごとく傍若無人に振る舞っている」ことへの怒りの「建白書」が確認されました。沖縄県民の総意に連帯して、本土でも、オスプレイ配備撤回と普天間基地の閉鎖撤去を求めるたたかいを強めましょう。

飛行訓練が計画されている全国140近くの自治体が同じ危険にさらされています。翁長雄志那覇市長・市長会会長は、「米軍基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因だ。安倍首相は『日本を取り戻す』と言っているが沖縄は入っているのか」と政府の対応を厳しく批判しました。

残念ながら、12月の泉南市議会では、「オスプレイ配備に反対する意見書案」が否決されました。共産党と小山議員以外の反対によるものです。沖縄ではすべての党派が反対しています。本土と沖縄で違う対応するのは、差別ではないでしょうか。

映画「エクレール お菓子放浪記」

2012人権シネマフォーラム 映画「エクレール お菓子放浪記」上映会&講演会―未来に残したい、子どもに伝えたい、お菓子が紡ぐ希望の物語―を観ました。

この物語は、孤児のアキオ少年が太平洋戦争のなか、生死をさまよう苦労を乗り越え、生きていく話です。

映画は面白いので心配なく。いしだあゆみの怪演、主演の少年(吉井一肇)の歌唱力に感動します。

アキオは何日も食事も出来ず、盗みを働き、感化院に入れられます。天皇絶対の暗黒政治のもと、感化院は暴力が支配しています。

創立記念日のお菓子を軍部に横流し、兵役を逃れる教官たち。「俺たちのお菓子を横取りするな」と批判するアキオたちは半殺しのリンチを受けます。

陽子先生の援助でアキオは養子になって、感化院を出ることが出来ました。楽しく一生懸命働き、養母ともうまくやっていきます。ところが、怪我して働けなくなると養母から疎まれ、家を出ます。

アキオは、旅一座に拾われ一息つきます。芝居は検閲され、「金色夜叉」も上映禁止と言われますが、なんとか公演を続けます。

ところが、女形の役者に赤紙が来ます。「人を殺すことも、殺されることも嫌」と自殺します。さらに、二枚目の役者は「脱走兵・・・お尋ね者」で、自殺の調査にきた警察に見つかると重罪になるので、一座から逃げていきました。

2名の看板俳優をなくした旅一座は解散し、アキオはまた一人ぼっちになります。

アキオは仕方なく、大空襲にあった東京に戻ります。頼りになる人はみんな死んでいました。養母には再会できたものの、喧嘩別れします。陽子先生も原爆で死んだと思い込み、アキオは生きる望みを失います。

そのとき、「お菓子のように、みんなを喜ばす人間になる」という陽子先生と約束を思い出し、生きる意欲を取り戻します。

撮影は、東北大震災前の宮城県石巻市。東北の清らかな風景が数多く映し出されます。

一方、震災の被害も多く受けました。エキストラで出演した地元の方が多く亡くなったそうです。映画の中でアキオがアルバイトしていた映画館は、トイレを残して津波に流されたそうです。

この映画の原作「お菓子放浪記(西村滋 著)」は西村さんの実体験によるものです。戦争の悲惨さを教えてくれます。また、生きることの楽しさも教えてくれます。

「続・お菓子放浪記」は、しんぶん赤旗日曜版に連載されました。毎回、楽しみに読みました。