我が家に太陽光パネル

気屋さんに頼んでから3ヶ月、やっと太陽光パネルがつきました。いま、需要が多く、生産が追いつかないそうです。次に、関西電力に申請しますが、申請も多いため、認可が下りるまで1ヶ月かかるそうです。それで、やっと太陽光パネルが稼働するそうです。

多くの国民が原発に頼るのではなく、太陽光など再生可能なエネルギーを利用したいと考えています。

昨年から、泉南市でも家庭用太陽光パネルの設置に補助金がつくことになりました。しかし、設置者が多いにも関わらず、補助金の予算が少ないため、くじ引きで補助金が当たる人を選びました。

全国的には都道府県レベルで補助金を出しています。残念ながら大阪府はありません。また、今年から国の補助制度は廃止されました。

国が発表したこの冬の電力需給見通しで、電力は賄える見通しになったことが明らかになりました。

安倍政権と電力会社は、川内原発の再稼働を急いでいますが、火山噴火などへの対策も、住民のまともな避難計画もなく、不安と反対はつのる一方です。

住民の声をまともに聞かず、県と立地自治体だけの同意でことをすすめようとしていることに反発が広がっています。

大阪夏の陣図屏風―戦国ゲルニカーにみる平和の希求

「泉南九条の会結成のつどい」があいぴあ泉南で開催されました。渡辺武さん(元・大阪城天守閣館長)が「大阪夏の陣図屏風―戦国ゲルニカーにみる平和の希求」というお話をされました。

渡辺さんは大阪夏の陣図屏風のレプリカを使って、「戦争に巻き込まれた人々の苦悩と怒り、悲しみ、繰り返される戦争の恐怖から解放されたいという平和への希求」という歴史的メッセージを受け取って欲しいと話されました。

今年は大阪冬の陣(1614年)400周年、来年は夏の陣(1615年)400周年にあたり、「大坂の陣400年」を記念する催しが各地で行われています。渡辺さんのお話に歴史ファンも喜んでいました。

大阪夏の陣図屏風は大阪城に展示されています。

*ゲルニカ ピカソの代表的な絵画。スペイン内乱の際、バスク地方の町ゲルニカに対して行われたナチスの無差別攻撃に抗議し描いた大作。

 

明日 泉南九条の会「講演」にお越し下さい

11月1日(土)6時30分から「あいぴあ泉南」で泉南九条の会結成総会が開かれます。

渡辺武さん(元大阪城天守閣博物館館長)の記念講演が行われます。

参加費は無料です。

9条の会は全国組織で、地域・職場・グループで作られています。

「九条の会・おおさか」呼びかけ人(14名)

大谷 昭宏
(ジャーナリスト)

桂  米朝

 
(落語家  ・  
   人間国宝)

鬼追 明夫

(元日本弁護士連合会会長)

清  史彦

(真宗大谷派
 瑞興寺住職)

小山 仁示

(関西大学
   名誉教授)

※逝去されました

 


新野  新  
 
(放送作家)

杉山 平一

(詩人・
  映画評論家)
※逝去されました

津村 明子

(大阪府生活
協同組合連
合会会長)

直木 孝次郎
(大阪市立大学
 名誉教授)

藤本 義一

 
(作家
※逝去されました

松浦 悟郎

(日本カトリック
 正義と平和協
 議会会長)

宮本 憲一

(大阪市立大学
 名誉教授)

森 南海子

(デザイナー・
 随筆家)

吉田 玉男

(文楽人形遣い・
 人間国宝)

※逝去されました

 呼びかけ文    (2005年4月25日)
 
いま改憲の動きがかつてなく高まっています。大阪の今後のさらなる発展のためにも、子どもや孫の世代のためにも、「戦争をしない」ことを定めた憲法九条を守ることがどうしても必要です。
 今回、私たちは「九条の会・おおさか」を立ち上げます。
大阪にお住まいの皆さん、お勤めの皆さん、大阪にゆかりのある皆さんに、「憲法九条の改悪を阻止する」という一点において「九条の会」アピールに賛同していただくよう、呼びかけるものです。いまは、戦争の道か、平和への願いを貫くか、歴史的な選択のときです。多くの方々にご賛同を、心よりお願い申し上げます。

 

厚労大臣が謝罪・・泉南アスベスト被害者へ

 

・上の写真は厚労大臣(右から3人目)らに意見を述べる原告の山田さん。

山田さんのお父さんは三好石綿(泉南市新家)で働き、亡くなりました。

・下の写真は、面談後の記者会見                     

(前列)左から芝原弁護団長、村松副団長、原告の岡田さん(両親をアスベストの病気で亡くす。母親は裁判中に亡くなる。本人は子どものころ、石綿工場に出入りし、アスベスト疾患になるが、アスベスト工場で働いていなかったため、国の責任を認められず敗訴)、南さん(三好石綿に隣接する自宅で、父親がアスベス被害にあうが、国の責任は認められず)、佐藤さん(夫が裁判中にをアスベスト被害で死亡。昭和47年以降からアスベスト工場で働いていたたいめ、国の責任はないとされ敗訴)

*原告89名中7名は国の責任が認められず、敗訴

10月27日、塩崎厚労大臣が大臣室に泉南アスベスト国賠訴訟の原告と家族12人を招き、面談と直接の謝罪を行いました。

泉南アスベスト国賠訴訟は、第1陣、2陣で大阪地裁・高裁の判決が4度ありました。そのうち国が勝ったのは、一度だけです。国は負けても上告し、最高裁までいき、そこでも国は負けました。

裁判が行われた8年半の間に、原告14人が亡くなりました。

国が上告しなければ、もっと早く解決ができました。

国が裁判に費やした費用は税金です。国側の弁護士費用(人件費)など、バカになりません。

 写真は、東京から送ってもらいました。

 

 

やった。厚労大臣―和解と謝罪を約束 泉南アスベスト国賠訴訟

塩崎厚労大臣は、10月9日の最高裁判決を受け、原告に和解を申し入れ、謝罪することを発表しました。

泉南アスベスト国賠訴訟は8年たち、すでに原告14名が亡くなりました。1陣判決が差し戻しになったため、国が和解しない限り、解決するまで半年から1年もかかることになります。

そのため、原告らは和解による早期の解決を求めていました。

最高裁判決でも原告7名は敗訴となり、救済されませんでした。

国の謝罪をテコに、全てのアスベスト被害者が救済されるように、頑張ります。

最高裁判決の勝利を祝う

泉南アスベスト国賠訴訟「最高裁判決の勝利を祝う泉南の集い」が樽井公民館で行われました。

司法の最終判断としてアスベスト被害について国の責任を明確に認められました。

しかし、被害者に対する国の謝罪はありません。

全てのアスベスト被害者を救済する闘いはこれからも続きます。