こんにちは。日本共産党 大森和夫です。
[2011.9.29] -[議員日誌]
砂川小学校プール児童死亡事故調査委員会(事故調)の第1回会議が行われました。その後、市役所別館で記者会見が行われました。
事故調の委員は9名、その内訳は学識経験者3名(弁護士2名、大学教授1名)、市民代表2名(官製団体の代表2名)、市幹部職員2名、市教育委員会の関係者2名です。
事故調は、第三者委員会として市から独立した組織です。記者会見では、市関係の委員は第三者として、事故の究明や再発防止のために取り組むことを確認していると報告がありました。
市関係の委員は、言うまでもなく第三者ではありません。彼らが、事故究明のために積極的に働くということは、想像できません。彼らの仕事は、学識経験者を支えることに、とどまるでしょう。
市の膿を出すような事故究明、さらに事故調の再発防止策に魂を入れる仕事は、議会の仕事だと思いました。
記者会見・左から副市長、教育長、松本弁護士
記者会見では、事務局長に選ばれた弁護士の松本洋介さん、奥平副市長、蔵野教育長が出席し、次のような報告がありました。
〇委員長には弁護士の金子武嗣さん、副委員長は大阪体育大学教授の冨山浩三を副委員長に選ぶ
〇会議について
・ 関係者に聞き取りを行い、その後、自由討議を経て再発防止策を提案する
・ 12月中には、結論をだす
・ 原則、会議は公開で行う
[2011.9.28] -[議員日誌]
今朝、新家駅で、後援会員3人と「明るい会」の宣伝をしました。「明るい会」は府民のくらしを応援する大阪府政をつくろうと運動している団体です。
11月27日の大阪市長選挙と同じ日に、橋下知事が府知事選挙とのダブル選挙をおこなうと表明しています。
「明るい会」は弁護士の梅田章二さんが立候補の表明を行いました。
維新の会も民主党も自民党も、府知事選の候補者は、決まっていせん。
維新の会は「後出しジャンケン」で、橋下人気にあやかった候補者を出してくるでしょう。
早くから候補者を発表すると、梅田さんと政策論争になります。また、政策について、有権者に考えさせる時間も与えないためでしょう。
維新の会の政策は、「過激に、短く、大衆受けする」ものになるでしょう。維新の会の候補者は政策より人気です。
マスコミも選挙の焦点を「どんな大阪府をつくるのか」よりも「橋下知事がどんな候補者をだすのか」ということに注目しています。
9月13日、梅田章二さんが、三度知事選への出馬を決意表明。出馬にあたっての決意を述べました。
わたしの決意
前回2度の知事選挙でお世話になりましたが、再度、明るい会から要請があり、熟慮の末、決意するに至りました。その直接の引き金になったのは、4月後半から5月にかけて、日弁連が主催した宮城県の被災地避難所での法律相談活動に参加したことです。その経験は本当にショックでした。帰ってからもしばらくの間は落ち込んでしまいました。生半可のことではアカン、ホンマに根本的に考え直さなアカンのでは・・と。福島にも行きました。福島市から飯館村を通過して南相馬に入りました。放射能の線量計の数値がどんどんと上がっていきます。原発とは絶対に共存できない。原発は私たちの未来を奪うものだと痛感しました。
震災を経て、「世の中変わらない」という考え方は、いま、根底から変わり始めていると思います。そのような時に、大阪では、「維新の会」から「教育基本条例案」と「職員基本条例案」が出されました。あのようなひどいものが出てくるとは、まったく信じられないものでした。教育や憲法を否定する条例案を許すわけにはいきません。
このような時代に生きていて、自分にできることを最大限やってみようという思いで決意に至りました。ご一緒に、安全・安心・やさしさの大阪に変えましょう。
[2011.9.27] -[議員日誌]
「東日本大震災救援活動 第5次派遣に、支援物資の提供をお願いする」ビラを しんぶん赤旗の本誌と日曜版に折り込みました。
ビラを見て、既に数人の方から、物資の提供を受けています。赤旗読者が、知り合いに声をかけて、物資を集めてくれていることもあります。
日本共産党阪南地区委員会では、今年最後の救援活動を10月15日から19日に予定しています。冬場を前に食料や日用品などが必要になっています。
トラックに積んで運ぶ予定です。皆さんのご協力お願いします。
食料 はっさく、玉ねぎなど日持ちする野菜や果物、お米、梅干、ジュース、缶詰、乾物など
日用品 石鹸、洗剤、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、ラップ。紙おむつ(子ども用・大人用)
衣類 ジャンバー・コート・セーターなど羽織るもの、下着類、太めの婦人用ズボン、秋冬物衣類*
寝具類 毛布、冬フトン、バスタオル、手ぬぐい
その他 鍋やフライパン、湯たんぽ、石油ストーブ、加湿器、コタツ、将棋・囲碁、お茶をいれる一式、ボールペン・ノートなどの文房具、靴、食器類*
*着古したもの、汚れているもの(カビ・油・シワ・日焼けや色うつりなど)。ゴムが伸びているものなどは、ご遠慮ください
*食器類などはきれいに洗い、割れないように包装してください。
急募 2tトラックを運転できるボランティア募集しています!
引き続き、ボランティア派遣募金にご協力ください。
◇お問い合わせは、最寄の議員・党員・後援会へご連絡ください。
10月13日までにご連絡ください。
日本共産党 阪南地区委員会 電話072-437-8411 ファクス437-8414
住所 岸和田市作才町1-10-37
[2011.9.25] -[議員日誌]
24日、泉南アスベスト国賠の原告団は総会を開き、最高裁へむけて、決意を新たにしました。これは、国の責任を認めた1審判決を取り消し、逆転敗訴とした大阪高裁判決を不服とし、最高裁に上告するものです。
開会の挨拶をする
勝たせる会代表世話人の
半田さん
(大阪市立大学名誉教授)
上告までの大変な道のり
高裁判決について、原告が負けることがあっても、このような血も涙もない、冷たい判決が出るとは、だれも予測出来ませんでした。
この不当な判決に、マスコミや司法関係者は「時代に逆行するもの」と批判を寄せています。
原告や弁護士のショックは相当なものでした。特に、多くの原告は高齢化し、重篤な病気をかかえ、これ以上の負担は命にかかわります。さらに、裁判費用など経済的な負担、そして家族や支援者にも大きな負担をかけます。
また、最高裁で必ず勝てるという、確約もありません。原告一人ひとりが、悔しさと不安の中で、苦しんで上告を決意しました。
一方、全国の支援者をはじめ、泉南市長・議長と阪南市長・議長、地元市議から国会議員までが、励ましてくれています。
アスベスト被害を受けながら、声を上げられない被害者が多くいます。 これから、建築労働者や震災の救援に行って人たちにアスベスト被害が広がります。
このような人を救済のためには、裁判で国の責任を明らかにしなければなりません。そのために原告らは、上告し裁判に訴えることを決意しました。
大変な最高裁の手続き
最高裁判所における審理は、地裁や高裁とは全く違った手続きになるそうです。事件は、高等裁判所で行われた裁判の結果に不服な当事者から提出される上告の申立てによって始まります。
最高裁判所は、書面審理により行われます。上告理由がないと判断される事件については、口頭弁論を経ないで上告を棄却することができます。この棄却がどうかの審議だけで、1年はかかるそうです。
最高裁も長い戦いになります。
弁護団は「原告の健康も心配だが、最高裁にはきっちり時間をかけて、公正な判断を求める」と話していました。
[2011.9.23] -[議員日誌]
22日の最終本会議で共産党が提案した3意見書と1意見書の採択が行われ、全て可決しました。
各議員の賛否は以下の通り
☆アスベスト被害者の早期全面解決を求める意見書
全議員の賛成
☆原子力発電から再生エネルギーへの転換を求める意見書
全議員の賛成
☆泉州二次医療圏の第三次救急医療の確保を求める意見書
梶本、森、北出、南、堀口は反対 他の議員は賛成
☆砂川小学校プール事故に対する徹底した事故原因の究明と再発防止を求める決議
梶本は反対、他の議員は賛成
意見書、決議の全文は、泉南市議会のHPをご覧ください。 (敬称略)
[2011.9.22] -[議員日誌]
代表者会議と本会議で共産党は「プール事故調査のための100条委員会の設置」を提案しましたが、小山議員以外に賛成がなく、否決されました。
☆100条委員会とは、地方議会が地方公共団体事務の調査権を行使するため設ける委員会で、地方自治法100条に規定があることからこの名前がついています。証人の喚問など強い権限を持ち、議会の伝家の宝刀と言われています。
議員の仕事
プール問題を議論する議員全員協議会が開催され、9月議会でも積極的な質疑を行い、杜撰な業者のプールの管理や教育委員会の業者へ監督責任の不備が、浮き彫りになりました。
教育委員会と市長は、真相解明のために2名の弁護士がメンバーになった事故調査委員会を立ち上げました。法的観点から、議員と違った視点で調査が期待できます。また、警察の調査も進んでいます。
しかし、市民からは、「チェック機関である議会はどうなっているのか」という批判の声も寄せられます。一方、「議員ががんばって、二度と事故がないようにして」という励ましも受けます。
議会独自の調査委員会設置の意義ー調査すること
ー業者のこと
教育委員会は、全く業者の監督が出来ていませんでした。そのため、教育委員会に業者の事を質問しても、十分な回答はありません。業者の実態をつかむためには、業者の証人喚問も必要になるでしょう。そのためには、権限をもった100条委員会の設置が必要です。
ー11年前からの経過について
プールの民間委託は11年前から行われました。その間、教育長や部長や職員が何人も代わっているため、教育委員会自身が民間委託の経過をつかめていません。一方、11年前以上の行政をチェックしてきた議員がいます。このような経験を持つ議員の役割は重要です。
ー事件の背景
事故の数日前に、市民から「プール監視員が少ない」と苦情の電話が教育委員会にありましたが、担当者任せで、まともな対応が出来ず今回の事故を起こしました。この苦情の電話が、教育委員会全体の問題になっていれば、事故も防げたかも知れません。
市民の苦情に対応する能力や課内や部内の体制の問題は、幹部職員が入る事故調査委員会では、充分に議論できません。なぜこのような事件がおこったのか、その背景を明らかにする事が、議員だけで構成する100条委員会の仕事だと思います。
[2011.9.21] -[議員日誌]
20日の午前中、大阪19区選出の長安議員と泉南市議との初めての懇談会が行われました。長安議員・向井市長・松本議長の挨拶のあと、各会派の幹事長が国への要望を述べました。
私は、「民主党政権のマニフェスト(公約)について、 ・ 消費税の引き上げはしない ・ 普天間米軍基地の県外移設 ・ 高校授業料の無償化 ・ 後期高齢者医療制度の廃止 の見直しには賛成できない。」と質問しました。
長安議員からは、「消費税は任期中は値上げしない」 「高校授業料の無償化は継続」と回答がありましたが、「エー! 本当? 」とビックリしました。
次に、 泉南市に関わる次の要望を述べました。
・ 学校施設を耐震化工事へ補助を増やすこと。
・ アスベスト被害者に会うこと。
・ 国民健康保険税への補助金べらしをやめること。
・ 原発事故や自然災害などの防災対策の強化すること。
・ 市の土地開発公社の借金返済に支援をおこなうこと。
これらは、市長会も取り上げている切実な要望ばかりです。長安議員も要望の重要性については、充分理解していましたが、実現出来るかはっきりしない回答もありました。
「自公政権から民主党政権に代わったんだよ。これらの要望を実現して、政治の中身も変えてよ。」と思いました。
[2011.9.20] -[議員日誌]
作家の大江健三郎さんら著名9氏が呼びかけた「さようなら原発集会」が19日、東京・明治公園で開催されました。公園内だけでなく周辺にも人があふれ、身動きできないほど。「6万人が集まりました」と主催者が報告すると、どよめきが起きました。同公園にこれだけの人が集まるのは数十年ぶりです。
新聞各紙が報道しましたが、毎日新聞と「しんぶん赤旗」は1面でしたが、読売・朝日・産経新聞は社会面で小さな報道でした。見落とし方が多いと思います。
東電からの広告料欲しさに「原発の安全神話」を振りまいてきた大手マスコミ。大手マスコミは福島原発事故を反省し、公正公平に原発関連の報道をしなければなりません。広告主や権力の側に立つのではなく、国民の視線に立った報道を願います。
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(写真)プラカードを掲げ、「原発はいらない」と訴える9・19さようなら原発集会の参加者たち=19日、東京・明治公園
この日の集会は、新規原発計画の中止、既存原発の計画的廃止などを求めるもので、全労連、全労協、連合系、中立系の労働組合、民医連などの民主・市民団体や多数の個人が全国から参加しました。午後1時半の開会より1時間以上も早くから、最寄りのJR千駄ケ谷駅から会場に向かう長い列ができました。「原発いらない」のゼッケンを身につけた子ども連れの母親など、女性の姿が目立ちました。
呼びかけ人の鎌田慧(ルポライター)、大江健三郎(作家)、落合恵子(作家)、内橋克人(経済評論家)、澤地久枝(作家)5氏らがステージに立って発言しました。
鎌田氏は、野田首相が原発を再開していく姿勢を見せていることにふれ、「原発の安全性と信頼性はすでに破綻しています。再開するのは住民への敵対です」と話しました。大江氏は、原発を推進する勢力に対抗するには集会やデモしかない、とのべ、「しっかりやっていきましょう」と呼びかけました。
落合氏は、「子どもが夜中に起きて、『放射能こないで』と泣き叫ぶような社会を続けさせてはならない」と訴え、内橋氏は、「さようなら原発、こんにちは命輝く国。その第一歩をみなさんとともに歩み続けたい」とのべました。
澤地氏は、人類は暴走する核をコントロールできないとし、「老若男女をとわぬ、人間のとりでを築いていきましょう」と語り、ドイツから参加した環境団体のフーベルト・ワイガー氏は「脱原発は、できるか、できないかではない。政治的にやるか、やらないかだ」と強調しました。
俳優の山本太郎さんが「原発事故を受けて、みんなで生きのびたいと思いました。反対の声をあげましょう」と話し、ハイロアクション福島原発の武藤類子さんは、「一人ひとりの市民が国と東電の責任を問い、原発はいらない、の声をあげています」と語りました。
集会後、参加者たちは三つのコースに分かれて都内をパレード。朝5時に出発し、福岡県から両親とともに参加した鬼塚清志さん(31)は、「娘が生まれたばかりなので、原発事故への不安はひとごとではありません。今日の集会から、原発撤退を求める運動に参加していきます」と話しました。
発言した5氏以外の呼びかけ人は、坂本龍一(音楽家)、瀬戸内寂聴(作家)、辻井喬(作家)、鶴見俊輔(哲学者)の各氏です。
「さようなら原発集会」には、日本共産党の志位和夫委員長、市田忠義書記局長、笠井亮衆院議員(党原発・エネルギー問題対策委員会責任者)らも参加し、市民と交流しました。
志位氏は主催者側の人らに「盛況ですね」「まずは原発の再稼働を止めたいですね」と声をかけるとともに、本部スタッフと握手。舞台の付近で一参加者として呼びかけ人らの発言に拍手を送りました。
「今日はよく来てくれました。本当に…」と笑顔で志位氏に話しかける男性も。志位氏と握手した横浜市の女性(60)は、「過去の日本の戦争だって一般市民が反対しなかったから起こった。だから市民が動かないといけないと思う。こういう集会に、ぜひもっと多くの政治家のみなさんにも来てほしい」と話しました。
以上、9月20日付け しんぶん赤旗の記事から抜粋
[2011.9.19] -[議員日誌]
18・19日と泉南市で第10回全国自治体シンポジウムが開催されました。
森田明美(東洋大学教授)
実行委員長の挨拶
於:文化ホール
「少子化、財政難、貧困、震災・・・。 様々な課題に対応しながら、子どもにやさしいまちづくりをすすめるには・・・。研究者と自治体職員が情報、意見交換をしながら、全国に子ども施策を発信しています。」をシンポの趣旨にしています。
北海道から福岡まで全国から参加があったそうです。私の前の席には、子育て真っ盛りの鎌倉市と亀岡市の女性議員が座っていました。
1日目のシンポジウムでは「大震災後の社会と子ども支援」~阪神淡路大震災から東日本大震災へ~がありました。
パネリストは近藤智春(ユニセフ協会)、桑原英文(世界の震災地や貧困地域の子どもの支援をするNPO代表理事)、諏訪清二(兵庫県立舞子高校・環境防災科長)、向井泉南市長でした。
(写真 左から近藤さん、桑原さん、諏訪さん、向井市長)
支援者の活動は、被災地から戻ってからの活動、避難してきた被災者を迎える活動があります。
私も東日本大震災の被災地に5日間行き、支援活動をしました。この経験を生かした活動に取り組みたいと思いました。
被災地の復興は、長い時間かかります。「街づくり」や「心のケア」は、いまの子どもが大人になるまでかかるでしょう。
被災した子どもが願う街づくりができれば、子どもにとって大きな自信になります。
近藤さん、桑原さん、諏訪さんは共通して、「子どもとともに、未来を見すえた優しい街づくり」をすすめる重要性を訴えていたように思いました。
[2011.9.18] -[議員日誌]
17日午後2時から「あいぴあ泉南」で、7月31日泉南市立砂川小学校のプールでおこった死亡事故の原因究明と再発防止を求める市民集会が開かれました。
市営プールの管理は、11年前から民間に委託されていましたが、5年前から監視員不足が常態化していました。なんと、事故当時はプールサイドに監視員が一人もいませんでした。
昭和53年に市営プールができ、その後、学校ごとにプールが建設されました。学校プールを広く市民に利用してもらうために、昭和60年代(1980年代半ば)から、一般開放が行われました。
当時、学校プールの一般開放を求める市民運動もおこり、議会でも要請活動が行われ、一般開放が実現しました。
当初は、市教委は直営方式で、市営プールと10の学校プールごとに、市の職員が一人ずつ配置し、監視員はアルバイトを直接雇用していました。
ところが、2000年から管理業務を民間に委託してきました。業者は入札で選びましたが、この間、連続して同じ業者が落札、今回の事故を起こしました。
直営方式で問題がないものを、市は財政難を理由に民間委託にしました。民間委託後は、市教委の担当職員や管理職がプールの巡視を行っていました。
民間委託直後は、抜き打ちの巡視をするなど、業者を厳しく管理していたようです。
ところが、市教委の予算も減らされ職員が減らされ、さらに、民間委託に悪なれし、巡視も水質検査だけを行っていました。
プール管理を直営から民間に委託した理由は、財政難です。「市民の安全」より「安上がりな市政」を進めてきた結果が、この事故の背景にあります。
この事故の背景を多くの市民に知ってもらうため、このような集会は大事だと思いました。
そして、市民との共同で、「市民の命・暮らしを守る市政」にかえるため、頑張らばなくてはと思いました。