平和とくらしを守り
市民が主人公のあたたかい市政を
11月1日(土)6時30分から「あいぴあ泉南」で泉南九条の会結成総会が開かれます。
渡辺武さん(元大阪城天守閣博物館館長)の記念講演が行われます。
参加費は無料です。
9条の会は全国組織で、地域・職場・グループで作られています。
「九条の会・おおさか」呼びかけ人(14名) | ||||||
大谷 昭宏 (ジャーナリスト) |
桂 米朝 (落語家 ・ 人間国宝) |
鬼追 明夫 (元日本弁護士連合会会長) |
清 史彦 (真宗大谷派 瑞興寺住職) |
小山 仁示 (関西大学 名誉教授) ※逝去されました
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新野 新 (放送作家) |
杉山 平一 (詩人・ 映画評論家) ※逝去されました |
津村 明子 (大阪府生活 協同組合連 合会会長) |
直木 孝次郎 (大阪市立大学 名誉教授) |
藤本 義一 (作家) ※逝去されました |
松浦 悟郎 (日本カトリック 正義と平和協 議会会長) |
宮本 憲一 (大阪市立大学 名誉教授) |
森 南海子 (デザイナー・ 随筆家) |
吉田 玉男 (文楽人形遣い・ 人間国宝) ※逝去されました |
呼びかけ文 (2005年4月25日) いま改憲の動きがかつてなく高まっています。大阪の今後のさらなる発展のためにも、子どもや孫の世代のためにも、「戦争をしない」ことを定めた憲法九条を守ることがどうしても必要です。 今回、私たちは「九条の会・おおさか」を立ち上げます。 大阪にお住まいの皆さん、お勤めの皆さん、大阪にゆかりのある皆さんに、「憲法九条の改悪を阻止する」という一点において「九条の会」アピールに賛同していただくよう、呼びかけるものです。いまは、戦争の道か、平和への願いを貫くか、歴史的な選択のときです。多くの方々にご賛同を、心よりお願い申し上げます。 |
・上の写真は厚労大臣(右から3人目)らに意見を述べる原告の山田さん。
山田さんのお父さんは三好石綿(泉南市新家)で働き、亡くなりました。
・下の写真は、面談後の記者会見
(前列)左から芝原弁護団長、村松副団長、原告の岡田さん(両親をアスベストの病気で亡くす。母親は裁判中に亡くなる。本人は子どものころ、石綿工場に出入りし、アスベスト疾患になるが、アスベスト工場で働いていなかったため、国の責任を認められず敗訴)、南さん(三好石綿に隣接する自宅で、父親がアスベス被害にあうが、国の責任は認められず)、佐藤さん(夫が裁判中にをアスベスト被害で死亡。昭和47年以降からアスベスト工場で働いていたたいめ、国の責任はないとされ敗訴)
*原告89名中7名は国の責任が認められず、敗訴
10月27日、塩崎厚労大臣が大臣室に泉南アスベスト国賠訴訟の原告と家族12人を招き、面談と直接の謝罪を行いました。
泉南アスベスト国賠訴訟は、第1陣、2陣で大阪地裁・高裁の判決が4度ありました。そのうち国が勝ったのは、一度だけです。国は負けても上告し、最高裁までいき、そこでも国は負けました。
裁判が行われた8年半の間に、原告14人が亡くなりました。
国が上告しなければ、もっと早く解決ができました。
国が裁判に費やした費用は税金です。国側の弁護士費用(人件費)など、バカになりません。
写真は、東京から送ってもらいました。
塩崎厚労大臣は、10月9日の最高裁判決を受け、原告に和解を申し入れ、謝罪することを発表しました。
泉南アスベスト国賠訴訟は8年たち、すでに原告14名が亡くなりました。1陣判決が差し戻しになったため、国が和解しない限り、解決するまで半年から1年もかかることになります。
そのため、原告らは和解による早期の解決を求めていました。
最高裁判決でも原告7名は敗訴となり、救済されませんでした。
国の謝罪をテコに、全てのアスベスト被害者が救済されるように、頑張ります。
昨日の勝訴判決を受けて、早速、泉南市で泉南アスベスト地元相談会が開かれました。主催は泉南アスベスト国賠訴訟の弁護団です。
24名が相談に来られ、労災申請から診療機関の紹介まで行いました。
判決を機に隠れた被害が救われたら嬉しい。
全てのアスベスト被害者が救済されるまで、運動は終わりません。
5名の弁護士が参加しました。さすが日本1の弁護団だと感心します。